ミツバチの羽音と地球の回転(映画紹介) ― 2011-04-01
ミツバチの羽音と地球の回転 公式HP
瀬戸内海に浮かぶ祝島(いわいしま)の人たちが、上関(かみのせき)原子力発電所の建設をめぐって、29年間も反対し続けている。
映画では、反原発をそのまま取り上げるのではなく、風力や太陽光などの多様なエネルギー政策を積極的に取り入れたスウェーデンの取材から、未来につながる自然エネルギー政策を提言する。
自然エネルギーで100%自立する島を目指すためのプロジェクト
http://www.iwai100.jp/
不幸にも3.11東日本大震災により、解決の糸口のない福島原子力発電所の事故が起きてしまった。その結果、3月13日、上関原発の工事中断を二井関成山口県知事が、中国電力にようやく要請することになった。
上関原発工事中断 1号機着工遅れも-山口新聞(2011年3月16日)
http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2011/0316/1.html
(魚拓)
一方で、山口地方裁判所(飯田恭示裁判長)は、工事妨害を禁じ、違反した場合は1人につき1日70万円の支払いを命じる決定をした。
山口・上関原発建設計画:陸上工事妨害を禁止--地裁決定-毎日新聞(2011年3月30日)
http://t.co/tbhCLYp
(魚拓)
3月6日に映画「ミツバチの羽音と地球の回転」上映後に行われた上杉隆さんと鎌仲ひとみ監督のトーク
上映情報
http://888earth.net/staffblog/
WATARIDORI ― 2009-08-30
新宿南口にある高島屋内のテアトルタイムズスクエアが閉館する。そこで、最終日となる8月30日に『WATARIDORI』(2001年/フランス映画/99分)を鑑賞。
内容は単調のため、睡魔に襲われたが、映像には感動。
内容の一部がYouTubeで鑑賞できます。
テアトルタイムズスクエアは、本年8月30日(日)をもちまして営業を終了することとなりました。2002年4月のオープン以来、7年間に亘り映画ファンの皆様に親しまれてまいりましたが、契約満了を迎えることに伴い、経営効率化を図るため閉館を決定させて頂きました。(HPより引用)
メーキング
小三治 ― 2009-05-18
2009年4月29日下高井戸シネマ13時30分の回は満員となる。両脇の通路にパイプイスを並べ、中央通路には座布団。ここに観客を座らせても立ち見客であふれる。こんなに詰め込まれて映画を見ることは何十年ぶりのことか。
あらすじ: 多くのファンを惹き付けてやまない10代目柳家小三治。小三治の落語の魅力をカメラに収めようと、高座や舞台裏、地方公演の移動に密着。さらに、それだけでは飽き足らず、スキーやクラシック音楽など趣味に興じるプライベートを追い、人間・柳家小三治をとらえる。(http://cinematoday.jp/movie/T0007262シネマトゥデイより引用)
上映後の監督を交えてのトークショウにて
- (観客からの質問1)なぜ、小三治を撮ったのか。
- 小三治師匠から、まくらの録音を頼まれた。それなら映像も撮らせてもらうことにした。結果、3年以上もつきまとわらさせていただいた。
- (観客からの質問2)小三治師匠は、この映画をみたのでしょうか。
- 小三治師匠は三千本もの映画を所蔵するほどの映画通でもあるが、映画「小三治」は見てないと思う。なぜなら、ご本人が写された映画を見ることで、なにか意見をはさむことは、良しとしないからとのこと。
最後に、康(カン)宇政監督からのアピールとして、小三治師匠の『落語らしくやれ』と弟子に向けた言葉をうけて、「映画らしく製作しました」と宣言していました。
NHK総合 「JAPANデビュー 第1回 アジアの“一等国”」 ― 2009-04-06
NHK総合テレビ シリーズ JAPANデビュー 第1回 アジアの“一等国”
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090405.html
1895(明治28)年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を割譲され、初の植民地統治を始める。英のインド統治やフランスのアルジェリア統治にならい、植民地をもつことで“一等国”をめざした日本
1910年、ロンドンで開かれた日英博覧会では、台湾のパイワン族を“展示”し、統治の成功を世界に誇示する。日本は「格差と同化」という矛盾した台湾統治を続け、1930年代後半からは「皇民化運動」で日本文化を強制する。
半世紀におよぶ統治はどのように変遷していったのか。2万6千冊におよぶ『台湾総督府文書』、近年発見されたフィルム、欧米に埋もれていた文書などを手がかりに近代日本とアジアの関わりの原点を探っていく。
台湾における皇民化政策のドキュメントを見る。
50年の植民地となる台湾。植民地当時に教育をうけた80才代の方から「日本語でしかモノを考えられないよ」と嘆く。
台湾でおこなった同化政策は、沖縄で成功したことによるとのことだが、「沖縄の同化政策」ってが知られていないのではないかなあ。
「人間動物園」
1910年、ロンドンで開かれた日英博覧会では、台湾のパイワン族を“展示”したことによる「人間動物園」という名称も驚いた。
ありふれた奇跡 第5話(フジテレビ 2009.2.5 10pm放映) ― 2009-02-05
ドラマでの気になる言葉........-取り返しのつかないこと-
主人公の彼らは、ガラス細工のような人たち、すぐに割れて粉々になってしまいそう。
節分会 宝仙寺(東京・中野坂上) ― 2009-02-03
シェルブールの雨傘 ― 2009-01-31
高校時代以来だから、かれこれ34年ぶりに見たことになる。
ラストの雪のシーンをよく覚えていたが、今回、じっくりと鑑賞してみると、ストーリーの結末が物足りないのですねえ。
それにしても、全篇に流れるミシェルルグランの曲で涙が止まりませんでした。
高校時代、付き合っていた同級生と雨の中、東急名画座に駆け込んでいって、映画を見終えた帰りに、渋谷駅のまわりが雪景色になっていたことが、映画のシーンと重なって、今でもよく覚えている。
公式ページ
きょう(2008.12/5)外資系の銀行を訪れ、解約 ― 2008-12-07
外資系銀行の新宿支店に入るのは初めてだった。
広いロビーには、独立したカウンターが担当者ごとに用意され個別に対応を受けることができる。
日本の銀行と違って、週末の午後3時近くにもかかわらず、行内に喧噪が感じられない。落ち着いた行員の対応とゆとりあるフロアを見渡すと、解約することが躊躇(ためら)われる。
いやいや、不安定なアメリカの経済に一喜一憂することから解放されるんだと思い返して、預金をおろす。
サラバ、ガイシ。
風のガーデン 第9話 ― 2008-12-05
風のガーデン第9話(2008.12.04 22時放映 フジテレビ)
父親が終末医療の医師、息子が麻酔医。
息子は父より早く死ぬことになる末期の膵臓ガンに冒されている。
父と息子の対面が今回のメインシーン。
それにしても父親役の緒形拳が現実ではガンに冒されていながら、ドラマでは、息子の病状を気遣うシーンがあった。
緒形拳の心境は、いかばかりであったのだろうか。
- 第9話
キャンピングカーで貞美(中井貴一)の病気を察知した貞三(緒形拳)は、それを確かめるために札幌の水木(布施博)のクリニックを訪れた。そして貞美が余命数カ月であることを知る。衝撃を受けた貞三は、その足で義姉・春江(草笛光子)に会いに行く。思いを打ち明け、どうするべきか助言を求める貞三に春江はすぐに家に呼び戻すようにすすめる。
ガーデンでは、岳(神木隆之介)が貞美に花の講義中だ。岳が花を指さしては教えてくれる花言葉は父・貞三が作ったものだと知り、心動かされる貞美。それらはルイ(黒木メイサ)のこと、岳のこと、亡き妻・冴子のことをよみこんだ花言葉で、貞美のものはなかった。その後、森で1人エゾエンゴサクの球根掘りをしていた貞美の前に修(平野勇樹)が現れた。唐突に「ルイをオレにください!」と頭を下げる修に驚きつつも、本人に交渉しなさいとだけ告げる貞美。その一部始終を聞いた猛(ガッツ石松)は、修を連れて貞三の元へ謝りに行った。
台風が接近してきた。貞三はルイを呼び、貞美が病気であることと和解することを告げる。岳には貞美の正体を伏せておこうと貞三が話した後、家に岳がいないことに気付く。慌てて探しに行くと、岳は花を守ろうとガーデンで台風の中必死で作業をしていた。
やがて、エリカ(石田えり)も貞美の病気を知る。生前葬を開いたことを悔やみ、動揺したエリカは貞美のキャンピングカーを訪れた。とりとめもない話をしていたエリカが急に話を止めた。その視線の先には貞三がいた。驚きで動けない貞美。エリカが立ち去った後、貞美と貞三は数年ぶりに言葉を交わした。
これまで親子を引き離してしまったことを謝る貞三。その言葉に貞美もまた自分の情けなさを謝る。治療に少しは役に立てるかもしれないと家に戻ってくることをすすめる貞三に貞美は考えさせえ欲しいと答えた。長い沈黙の後、貞三から生きている間にやっておきたいことはと聞かれた貞美はルイとバージンロードを腕を組んで歩きたかったと静かに話すのだった。
ドラマ「帽子」(NHK) ― 2008-10-14
ドラマ「帽子」(10月10日午後10時よりNHK総合再放送)
緒形拳の抑制の効いた演技がよく、思わず泣けてしまった。
久しぶりに田中裕子にも会えた。(変わらないねえ)
ドラマのテンポがよく、1時間28分があっという間に過ぎ、飽きさせる場面がなかった。
- 続けて追悼番組「名優・緒形拳さん逝く」にて、出席者には、緒形幹太、緒形直人、津川雅彦。「帽子」の脚本を書いた池端俊策。(司会:加賀美幸子)
(直人)春先から、見た目にもほっそりしてきた。
(津川雅彦)「体、大切にしろ、いい映画作れ、直ったらウナギ食べに行こう」と話しを交わした。(おそらくは、死を覚悟していたんだろう。)
(池端)体調を崩されていたのは知っていた。ドラマ「帽子」に入る前は、体力に自信がないと言っていたが、「仕事が薬」と言って元気になっていた様子だった。

